私のフリーランスの歴史その1

こんにちは!きたやまゆみです。
気付けば前回記事を書いてか2週間以上が経ちそうです。
今回はフリーランスとしてどのような活動をしていたのかをご紹介しようと思います。

フリーランス歴10年と書きましたが、本当はもっと長いです・・が、
別にデザイナーとして大して凄くもないので10年と誤魔化しています。ハードルを下げるスタイルです。

目次

正社員2年を経験し、フリーランスへ

以前の記事でも書きましたが、消極的選択によりフリーランスになりました。
最初は知り合いのツテや最初に正社員で働いていた会社からお仕事をいただき、まあまあ順風満帆でした。
フリーランスになってすぐは結構忙しかったと記憶しております。

東日本大震災。とにかく暇

フリーランスになって次の年、震災が起きました。
私がフリーになったのは10月くらいだったので、5ヶ月後のことです。
一気に暇になりました。
お陰でじっくり確定申告の準備ができたので助かりました。

エージェントに登録をしたらまさか職業訓練校の講師に。

さすがに仕事が無さすぎて焦る。
しかし営業をするほど自信がない。なので検索したら出てきたエージェントに登録。
面談をしたらところなんとこんな提案をされました。

北山さん、職業訓練校に通ってたんですね。
ちょうど職業訓練校の講師を探していたんですけどどうですか?

え?私が講師ですか?

私はその頃まだ業界歴2年くらいのペーペー。とても驚きました。
しかし、テキストもあるし大丈夫だと言われ、さらに講師業に興味があったためやってみることにしました。
因みにWebデザイナーコースです。

そこにいたのはなんと・・

平均年齢50歳くらいの人たちでした。
本気でWebデザイナーになりたそうな人は30代の男性ただ一人。
他の人は失業保険目当てです。(多分)
どうしたら分かりやすく教えられるだろうかと家で資料を作ったりもしましたが、失業保険目当ての人は授業中に堂々とグースカ寝ます。

私は思いました。
「学生時代授業中たくさん寝てきました。
 あの時の先生たち、本当にごめんなさい・・・・」

「この人たちはきっとWebデザイナーになんてならないんだろうな」
なんて思いながらも一生懸命教えました。

突然の終了

職業訓練校の講師を紹介してくれた会社の社長さんから突然電話が来ました。

北山さん、Webデザイナーの派遣の仕事があるんだけど、どうですか?

え?まだ講師が終わっていませんけど・・

あーそっちは代わりの人探すから大丈夫

講師って責任持って最後までやるもんかと思っていたけど、あっけなく終わりました。
私はフリーランスとしてそのエージェントに登録していたのですが、次に紹介されたのは派遣社員でした。
別に派遣で働きたいと思っていなかったので断ろうかと思ったのですが、派遣先がなんと「テレビ局」だったので、ミーハーな私は行くことにしたのでした。

1年半の派遣社員

派遣先ではテレビ番組のWebサイトの更新をしたり、番組のWebサイトのデザインをしたり、コーディングをしたりと派遣の割に結構色々やらせていただきました。
それまで硬いデザインばかりやっていたので、テレビ番組のWebサイトのデザインなど携われてたのはかなりプラスになりました。
また、私は会社員の時は人数が少ない会社しか行ったことなかったので、派遣仲間とランチに行ったり飲んで帰ったりできたのは楽しい思い出となりました。
あと、社食で時々芸能人に会えたのとか嬉しかったです。
でもそこまで好きな芸能人には会えませんでした。残念!
ただ、社員の人が結構いい加減な仕事をすることにストレスを溜め、毎晩歯ぎしりをするようになるくらいのストレスになっていったので1年半程で終了。
辞める時に社員さん(上記の人とは別)に「人間性もスキルも今まで派遣で来た人の中で一番でした」と言ってもらえたのは嬉しかったです。

派遣からフリーランスに戻る

派遣中もほそぼそとフリーランスの仕事はしていましたが、派遣を辞めてまたフリーランスに戻りました。
そんな時にフリーランスになってすぐに参加したワークショップで知り合ったデザイン事務所の社長さんからメールが来ました。

うちの会社に手伝いに来てくれない?

社長と社長の妹さんの二人でやっている会社で、社員は一人。
建築関係の仕事や施設周りのデザイン、さらに教室などもやっている会社でした。

フリーランスになってまだ仕事があまりなかった自分にはもってこいの話です。
社員ではなくフリーランスで業務委託。さらになんと銀座にある事務所のデスクを無料で貸してくれるとの事。

そんなに甘くはなかった

田舎育ちなので「ザギン♪」と浮かれながら通っていましたが、段々暗雲が立ち込めてきたのです。
そことの契約は「月10万円」とだけ。明確な仕事量が決まっていなかったのです。
元々知り合いだったので私もはっきりお金のことを言えなかったのです。
あまりにも仕事量が多い時は言おうとは思っていたのですが・・
とにかく「ミーティングの時間が果てしなく長い」そして「社長がいつも見切り発車でやり直しが多い」のです。

拘束時間がとても長く、さらにはやり直しが多いので、私は作業している割に出来上がったものが少ないのです。
そのため、「こんなにやっているのだからもっとお金をください」と言いにくい。

結局途中でしんどくなって離れることにしました・・
(色々あったけど割愛)

銀座で楽しかったこと

ただ、それまで銀座にあまり縁がなかったので、銀座に定期的に通うのは結構楽しかったです。
私には仲良くさせてもらっている年上のデザイナーさんがいるのですが、その頃たまたまその方も同じように業務委託で銀座の会社に来ていたので、その人と銀座の純喫茶とかホテルで朝食を食べたりしていました。
また、皇居で走ったりもしていました。
辛い中でもそういう楽しみを見つけることは大切ですね!
また喫茶店行きたいな〜

長くなったので続きます〜

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次